前回の続きです^^
はじめは現実ばなれした考え方だと思ったのですが、現在、一農家を支えるにはこれしかないと思っています。
4年目に当り、幸い一家族が理解してくれて、実験的にこの方法をとってみることになりました。
私たちは、この方法に希望を見出しています。
やってみようという第二、第三の家族を待っています。
私たちはここを、自分たちだけの場だとは考えていません。
そのための、いろいろな計画を考えています。
前回の続きです^^
はじめは現実ばなれした考え方だと思ったのですが、現在、一農家を支えるにはこれしかないと思っています。
4年目に当り、幸い一家族が理解してくれて、実験的にこの方法をとってみることになりました。
私たちは、この方法に希望を見出しています。
やってみようという第二、第三の家族を待っています。
私たちはここを、自分たちだけの場だとは考えていません。
そのための、いろいろな計画を考えています。
畑でつくったものをかってに持って来られ、それを料理するというのは、考え方も生活もすべて切りかえて努力しなければなりません。
そして私たちにとってはそれがすべてであっても、食べる方は消費者であり、いろいろの中から選ぶことができるのだという点が決定的に大きいことだと思いました。
その中で、私たちの生き方にあった、すばらしい方法、考え方を見つけました。
埼玉県の知人のやりがですが、「1人の農家が10人の消費者を養えば日本申が自給自足できる」という考え方です。
一農家が10の家族の自給自足をまかない、そのかわり10の家族は一農家の生活費、再生産費をまかなうということです。
というのは、昔と違い、食料は自給できても、農家は現金のいることが多いのです。
機械、工具、種代などもかかります。
私たちは趣味や道楽で、百姓をしようとしているのではありません。
生活をかけて百姓をして、生活をささえるだけの収入がほしいと思っています。
農業に専念できる生活をしたいと思っています。
いま、私たちはシイタケで生活できるよう、2万本を4年かけて植菌しようと計画しています。
しかし、現状は出稼ぎをよぎなくされています。
私たちは「小農複合経営」といって、昔ながらの自給自足をして自然との循環を大切にしようとする農業を追求しています。
いままで野菜は自分たちの食べたいものをつくり、それが延長したものを喜んで食べてくれる人にわけたいと思ってやってきました。
それはここに住んでいる私たちには自然に見えるのですが、しかし街に住み商品のはんらんしている中にいる人には別の反応があるようです。
農業で食えない百姓であるかぎり、ここらの百姓と同じではないかという疑問があります。
朝おきてから夕方暗くなるまで2人で働いても、百姓の収入はとてもわずかです。
2人で勤めていたころの、10分の1くらいです。
たぶん、それが現在の農家の兼業化、単一作物の栽培、ハウス栽培等につきすすんでいった原因だろうと思います。
「食えない百姓には魅力がない」というのが、農村の若者の本音だと思います。
9月になり草の勢いがとまったころ、収穫の準備と続きます。
季節と作物の成長の中で、右往左往している感じでじつに要領が悪いと我ながら思います。
それでも自然の恵みは、農薬や化学肥料という不自然なもののないところに、「昔の味」をよみがえらせてくれました。
お米は他の人の6割から7割の収穫ですが、あの夏の田をはう苦しさを思うと、むだに出来ない一粒一粒です。
技術的には課題はいくらもあり、それがまた来年への希望ともなるのですが、ともあれ作物そのものの生命力をもっと生かすべきだと思います。
虫もよし、草もまたよしと、一枚の畑に多種類の作物を混在させてみたいものだと思います。
パートナシャフト経営
西ドイッで派生した「経営における協力者制度」として知られています。
1951年、企業家、従業員代表・学者が集まり、パートナシャフトの思想を実現するための共同体として、AGP(経営パートナシャフト促進会)がつくられた。
第二次世界大戦後、復興段階での廃きょのなかにおける体験が、創造的共同体としてのパートナシャフト経営を誕生させたといわれ、隣接する共産主義国家のマルクス主義思想に対峙するものとして思想的基盤を形成しつつあります。
言うまでもなく、住宅は衣食と並んで最も基本的な生活手段です。
しかし市場経済原理のもとでは低所得層の住宅保障はできません。
日本の例がそれを示しています。
また労働者の賃金が上昇しても、重いローンの返済で、生活費が圧迫されていては生活はよくならない。
イギリスで、日本の国民総生産(GNP)が上がり経済大国になり賃金が上がっていることについてうらやむ向きがあるが、家が小さく住居費負担が重く、賃金が住宅ローンに吸い上げられているのが現状です。
また、オフィス賃貸が悪いために、いろいろな弊害が生じていて、生活は本当の意味で豊かになっていない。
例えば老人医療費は住居の貧しさと密接な関係があるが、かりにこのような社会保障費をいくら増やしても老人は幸せになれず、費用もカバーしきれず、限界があります。
発展ステージ
「行動ステージ」の考え方を援用して、企業内の小集団活動が、支援との関係を保ちっっ、自主性に富んだ段階に到達する過程をあらわしたのが、発展ステージです。
これは、導入から展開・発展・定着へと変化の段階を昇っていくに従って、支援のウエイトが変化していくことを明らかにしたものです。
すなわち、活動の導入段階では支援の領域は広いが、グループが力をっけるにしたがってその領域は狭くなることを表わしている。
グループが実力をそなえていくにあわせて、目標の設定やスキルの導入方法を配慮し、どのように支援すればよいか考えるのに活かすことができます。
TAでは、まず自分のパーソナリティの支配的部分を1、2、3を当てはめて明らかにし、その理解に立って自分の非建設的な人間関係や、他人との不調和部分を知ることにより、自分か修正しなければならない部分を認識できます。
さらに、誕生してから性格形成をするまでの間で、とくに基本的な部分のメカニズムを知ることにより、性格の問題点の源を発見し、ともすれば変えることができない運命的なものとあきらめていた性格を意識的に知り、自分の人生をも自己制御していこうとします。
このほかTAでは、自分の人生の意味や、生きがいなど、生きるうえでのさまざまな人間のあり方をも、生活様式の次元まで理論的に求あていこうとします。
外為法外為法においては、管理の対象となる行為や取引をする人の居住性により居住者と非居住者とに区別し、一般的に居住者に対して規制が厳しく、非居住者にはゆるい規制を行なっています。
居住者であるか、非居住者であるか)、によって管理の方法が異なってくるので、居住性の問題は重要です。
外為法上、「居住者とは本邦内に住所又は居所を有する自然人及び本邦内に主たる事務所を有する法人をいいます。
非居住者の本邦内の支店、出張所その他の事務所は法律上代理権があると否とにかかわらず、その主たる事務所が外国にある場合においても居住者とみなみします。
非居住者とは居住者以外の自然人及び法人をいう」と定義されています。
なお、その居住性が明白でない場合は、居住者または非居住者の区別に、ついて「居住性の認定申請書」により、日本銀行を経て大蔵大臣昏認定の申請をすることができます。
余談ですが、南アフリカランド fxは意外とオススメみたいですね。
私も取引してみようかと思っています。